2011年8月16日火曜日

論文撤回とか…(1)

研究者たるもの、もっとも恐れる事態の1つは、論文を撤回することだろう。
大抵の場合、論文内容が「結果的に」間違いであることがわかっても取り下げる必要など無い。

多くの科学的・医学的言説が、発表された当時は真実だと思われても後の研究で否定されてきた。科学は否定の歴史でもある。論文の重要性は、結果の正しさではなく、仮説の提唱にあると言ってもいい。良い仮説を提唱すれば、多くの研究者を刺激し、結果的に優れた研究が続くからだ。


実はWall Street Journalに気になる記事が載った。
Mistakes in Scientific Studies Surge
残念ながらまだ日本のWSJサイトには記事が無い様子。タイトルを訳すと、「科学研究の誤りが急増」といったところか。

記事によれば、この5(2006-2010)、それ以前(2001-2005)に比べて論文撤回の事態が科学分野に増加しているという。その期間、論文撤回の事態が、医学分野では87436に、生物学では69277に、化学では5147に増えたという(Thomson Reuters Web of Science)。さらに、 そこには、Proceedings of National Academy of Sciences of the USA(通称ProNAS)Journal of Biological ChemistryNew England Journal of Medicineと言った、影響力のある有力誌が含まれている(Nature,Scienceも含まれるが、撤回数は減少)

その上興味深いことに発表から撤回までの平均期間が年々伸びている。2000年に5.25月であったのが、2009年には30ヶ月を超えたという。これは何を意味しているかというと、撤回すべき誤りのある内容が、それだけの間科学的「真実」として世に出回った可能性があるということだ。有力誌に載った研究であれば、大予算を動かし、多くの研究が間違った成果を元に、「無駄な」内容に費やされた危険がある。それがお金と、研究者の人生だけに関係するならまだ良いが、医学研究の場合、患者を巻き込んで生死に関わる事態に繋がりかねない。


そしてWSJの記事が取り上げるのはまさにそういう内容である。
2003年に最有力医学誌の1つ、Lancet誌に、降圧薬である、ACE阻害薬とARB2種類を併用した場合、降圧コントロールは単独使用と同等だが、腎保護作用が増強される(尿中タンパクの低下が指標)という驚くべき成果が日本人研究者によって発表された。このインパクトは大きく、2008年までに米国で14万人の患者のこの併用治療が行われたという。
ところが、その後併用が腎機能をかえって悪化させるとの懸念が相次ぎ、2006年には最初の疑義がLancet誌に発表された。2009年までにLancet誌も日本人著者に連絡をとるなどしてデータの妥当性を検証したようだが、研究者は彼等を納得するデータを提出できず、撤回となったようだ。

実に論文が発表されてから約7年。2006年には早くも疑われた内容は3年経ってようやく否定されたことになる。その間この併用療法が患者にはなされていたわけで、1つの誤った結果はこれだけの問題を起こしかねないという良い例である。
ちなみに、手元の日本内科学会誌20112月号は高血圧特集。2008年の、やはりLancet誌に掲載された別論文(Mann et al., Lancet;2008;372;547-53)を引用し、併用はかえって高カリウム血症などの副作用が増加すると記述されている。興味ある方は原著に当たって下さい。



さて、今回の問題は、その結果が「捏造」であったかは結論が避けられているが、科学研究における捏造が発覚し、その為に論文が撤回されたというのは内容によっては大きなニュースとなる。
近年では、韓国人研究者によるES細胞研究の捏造が記憶に新しい。

2 件のコメント:

  1. 投稿者unknownになってしまった。

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  2. 撤回された論文情報を載せているサイト。

    http://retractionwatch.wordpress.com/

    こんなに重要(そう)な論文が後に撤回されているとは...と驚くこと必至。

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