2012年7月30日月曜日

非認識下では恐怖は素早く獲得され、すぐに忘れられる

Raio CM, Carmel D, Carrasco M, Phelps EA.
Curr Biol. 2012 Jun 19;22(12):R477-9.

   脅威の可能性を持った刺激に対して学習していくことは適応能力の一つである。

   ある視覚刺激が脅威を持った刺激と組み合わされたとき、生理学的及び神経学的反応を示すようになる。

   さて、この視覚刺激による関連学習が我々の意識に上る時と、上らない時で違いはあるのだろうか?

最近の意識と情動学習に関する総説により、意識の有無によって神経活動のパターンや行動・生理学的反応のタイムコースが異なることが示唆されている。

この研究はヒトでの恐怖条件づけ課題により、上記の示唆を確かめようという研究である。

2012年7月19日木曜日

アルツハイマー病変は静かに先行する


Clinical and Biomarker Changes in Dominantly Inherited Alzheimer's Disease


アルツハイマー病(以下AD)は最も一般的な認知症であり、超高齢化社会を迎える我々にとって、その予防が出来れば素晴らしいことこの上ない。

WHO予測では、2050年には世界で1億人以上が罹患する。現在の我が国では統計にもよるが、65歳以上人口はおよそ3000万人、認知症者は2011年にNHKニュースで270万人以上との予測が報じられている。ADはそのうち60%以上を占めるはずだから、160万人以上か。


ところで、常染色体優性遺伝(親の片方がADなら、子の1/2にADが発症する)を示す、家族性ADがあり、その原因遺伝子としては、3つが同定されている。Aβの元になる、アミロイド前駆タンパク質遺伝子(Amyloid precursor protein;APP)、細胞内でAPP処理にあたるプレセニリン1遺伝子(Presenilin1;PSEN1)とプレセニリン2遺伝子(Presenilin2;PSEN2)である。言い換えれば、この3つの遺伝子に変異をきたしていれば、アルツハイマー病が発症する。この内PSEN1遺伝子変異が最も多く、家族性ADの70%程を占めている。
発症年齢も往々にして早く、60歳以下である→早期発症型家族性アルツハイマー病


さて、ADの病的本態は、脳内における、アミロイドベータタンパク質の沈着にあり、アミロイドタンパク(以下Aβ)蓄積が発症イベントであるという仮説が昔から有力である(近年揺らいできてもいるが詳細は略)。従って、Aβタンパクの蓄積を早い段階で検出出来れば、AD診断を臨床症状の発現前にすることができるだろうというのが自然な発想だが、一体何時から蓄積が始まるのか?

今回紹介する論文は、常染色体優性の家族性AD家系に属する128人の参加者に対して、上記3遺伝子いずれかの変異を持つ保因者と非保因者に分けて、後述するADのバイオマーカーを測定している。研究参加者128人の内、非保因者40名、保因者88名(内、症状のない者45名、ある者43名)である。

2012年7月18日水曜日

実験デザインが脳に偽陽性を生む

Eklund A, Andersson M, Josephson C, Johannesson M, Knutsson H.
Neuroimage. 2012; 61(3):565-78.

先日に引き続き、fMRIの妥当性の研究のご紹介。

本研究では、resting conditionのfMRIデータばかりを大量に(1,484人分も!)集め、推定値ではなく真の値に近い偽陽性出現率(Familywise error rate)を調べている。
解析に用いたのは、やはり今最も使われているSPM8である。

resting conditionの撮像なので、仮想的に設定した認知タスクと同期した脳活動があるはずがないのは、死んだ鮭と同様である。

興味深いのは、fMRIのタスクデザイン、TR(repetition time)などの撮像パラメータにより、偽陽性出現率が変化するという結果である。

1. 事象関連デザインよりブロックデザインの方が出現率は高くなる
2. 両デザインともevent/blockが長いほど出現率が高くなる
3. TRは(1,2,3秒の条件で比較して)、短いほど出現率が高くなる
ということが判明した。
TR=1秒、30秒のブロックデザインという、悪条件をそろえたら、偽陽性出現率はなんと70%にも及んでしまった。
よく使われるTR=2~3秒、20~秒のブロックデザインでも、偽陽性出現率は20%を下回らない。

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鮭論文に引き続き、なんと恐ろしい、かつ挑発的な結果であろうか。

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Photos: Fireworks in Omagari, Akita, Japan
(One of Greatest Firework Festival in Japan)

2012年7月17日火曜日

唾液コルチゾールは、うつ病のエンドフェノタイプとして有効か

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22703642

The effect of escitalopram versus placebo on perceived stress and salivary cortisol in healthy first-degree relatives of patients with depression-A randomised trial.



うつ病患者の第一度近親者で無作為割り付けを行い、SSRIとプラセボ投与群の二群にわけ、認識されるストレスと唾液コルチゾール値の影響を調べた論文である。

唾液コルチゾールは中間表現型(Endophenotype)で、唾液コルチゾール検査は、簡単で非侵襲的でストレスがないため、HPA系のストレス反応システムの評価法として知られている。
この研究者らの最近の研究では、うつ病患者で唾液コルチゾールが増加しているという報告があるが、小さな差であったので、確固たる証拠はないとしている。
これまでのSSRIと唾液コルチゾールの関係性における研究では、シタロプラムの単回投与で、唾液コルチゾールとプロラクチンレベルに有意に効果があった、6日間のシタロプラムを使った短期介入は、唾液コルチゾールを増加させる傾向にあった、また、ラットでの15日間のシタロプラムの介入ではHPA系のホルモンであるコルチコステロンやACTHの減少が見られた等の報告がある。

研究者らは、今回は、患者自身ではなく、家族の第一度近親者を対象にSSRIを投与し、ストレスと唾液コルチゾールへの影響を調べている。エンドフェノタイプは、家族の非罹患者において、一般人口より多く見られる。

2012年7月13日金曜日

BDNF遺伝子多型が運動野の興奮性に影響する

Differential modulation of motor cortex excitability in BDNF Met allele carriers following experimentally induced and use-dependent plasticity
Cirillo J, Hughes J, Ridding M, Thomas PQ, Semmler JG
Eur J Neurosci. 2012

脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor; BDNF)は中枢神経系内に多く存在する成長因子である。BDNFは神経可塑性に重要な役割を果たすことが知られている。これまでに、BDNFのアミノ酸配列の中にあるバリン(Val)がメチオニン(Met)に変わっている「一塩基多型(Single nucleotide Polymorphism)」は、ヒトの海馬機能の低下、精神疾患の脆弱性、脳損傷後の神経可塑性に影響を与えることが指摘されてきた。

脳損傷後のリハビリテーションでは、運動学習により一次運動野を含む様々な脳領域で可塑的な変化が生じる。このことから、BDNFの遺伝子型が一次運動野における可塑性に与える影響は重要なテーマといえる。

本研究では、ヒトのBDNFの3種類の遺伝子型(①Val/Val ②Val/Met ③Met/Met)で群分けし、各群におけるPaired associative stimulation(PAS)と運動学習前後の運動誘発電位(Mortor evoked potentials; MEP)の変化を検討している。


2012年7月5日木曜日

鮭の脳は研究者の夢を見るか

Neural correlates of interspecies perspective taking in the post-mortem Atlantic Salmon: An argument for multiple comparisons correction
Bennett CM, Baird AA, Miller MB, Wolford GL
(リンク切れの時は「salmon fmri」でネット検索すると、PDFファイルが拾える)

死んだ鮭をMRI装置に入れ、ヒトの社会的状況に関する視覚刺激を提示して、fMRIとして解析を行った研究。
決して筆者らが頭のおかしな研究者というわけではなく、「fMRIという手法が如何に偽陽性率が高くなる危険性を含んでいるか」をあからさまに見せてやろうという挑発的な研究なのである。

被験者はAtlantic salmonという鮭。これにヒトの視覚刺激。そもそも鮭が死んでいるので脳活動がでるはずもなし。
ところが不味い解析法をすれば「視覚刺激に対応して活動した脳領域」が見つかってしまった。