明治大正の物理学者で、夏目漱石に師事した文人でもある寺田寅彦の作品を読んでいたら、ここで紹介したいものがあった。
本作は、大学教員であった氏が学生の物理実習指導をすることになり、その教授法について述べたものである。
テーマは「物理学実験の指導」であるが、医学も含む自然科学系全般の研究者にとって研究業務や科学に対する姿勢にも汎化できる意見である。
少なくとも、医学部で生理学実習を担当して、毎年の実習で指導方法を修正しつつ学生の学習効率を高めてきたつもりの私にとっては、参考になる内容であった。
さて、ふだんの記事に比べて長いのだが、言文一致体で読みやすいので割愛することなく紹介したい。
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物理学実験の教授について
寺田寅彦
理化学の進歩が国運の発展に緊要であるという事は永い間一部の識者によって唱えられていたが、時機の熟せなかったため一向に世間には顧みられなかった。欧洲の大戦が爆発して以来は却って世間一般特に実業者の側で痛切にこの必要を感ずるようになったと見え、公私各種の理化学的研究所が続々設立されるようになった。それと同時に文部省でも特に中等教育における理化学教授に重きをおかれるようになって、単に教科書の講義を授くるのみならず、生徒自身に各種の実験を行わせる事になり、このために若干の補助費を支出する事になった。これは非常によい企てである。どうかこのせっかくの企てを出来るだけ有効に遂行したいものである。
自分は中等教育というものについては自分でこれを受けて来たという以外になんらの経験もないものであるが、ただ年来大学その他専門学校で物理実験を授けて来た狭い経験から割出して自分だけの希望を述べてみたいと思う。勿論我田引水的のところもあろうが、ただこれも一つ参考として教育者の方々に見て頂けば大幸である。