2013年2月14日木曜日

思春期を制御する「キス」

Timing and completion of puberty in female mice depend on estrogen receptor alpha-signaling in kisspeptin neurons.

Mayer C, Acosta-Martinez M, Dubois SL, Wolfe A, Radovick S, Boehm U, Levine JE.


Proc Natl Acad Sci U S A. 2010 Dec 28;107(52):22693-8.
doi: 10.1073/pnas.1012406108.

今回は思春期に関する論文を紹介します。

 思春期といえば、何となくむしゃくしゃしたり、急に異性を意識するようになったりと、心が大きく変化する不思議な時期。いくつかの精神疾患ではこの時期を境に有病率が増加することが知られている。大人への階段などと形容されたりもし、一般的な認知度はかなり高いものの、知られていないことは多い。例えばどの様にして思春期は始まり、進行していくのだろうか?



思春期は性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)分泌細胞の活性化によって始まる。このホルモンは視床下部から分泌されるペプチドホルモンで、下垂体前葉に働き、その後黄体形成ホルモン(LH)や卵胞刺激ホルモン(FSH)などの性腺刺激ホルモンの分泌を促す。LHFSHは思春期に特徴的な性ホルモンの分泌増加や性腺の発達に対して中心的に働く。つまり、GnRHが性成熟を上位で調節していることから、GnRH分泌細胞の活性化が思春期の到来を告げると考えられている。

思春期の進行においては、GnRHの分泌を抑制する機構とGnRHの分泌を促進する機構といった相反する二つの脳内機構が関与する。これら二つの機構はエストロゲン受容体α(ERα)によって調節されていることが知られていたものの、どのような神経細胞のERαが重要なのかはわかっていなかった。

この研究は、キスペプチン神経細胞内ERαが思春期の到来と進行において重要な役割を担っているという作業仮説のもと行われた。


ここでキスペプチンについて説明しておこう。
キスペプチンは日本人研究者によってヒトの胎盤抽出物から同定された生理活性物質で(http://www.nature.com/nature/journal/v411/n6837/full/411613a0.html)、当初は腫瘍転移(metastasis)抑制作用を持つことからメタスチンと名付けられた。しかしながら、少し遅れてベルギーの研究者がのペプチドがKiss1遺伝子産物であったためにキスペプチンと呼び、現在では54個のアミノ酸からなるヒトペプチド以外ではキスペプチンの名称で呼ばれている(http://nichiju.lin.gr.jp/mag/06401/b1.pdf)
日本人研究者としては悲しいかな、アドレナリンと似た名称の歴史を歩んでいる・・・。

キスペプチンは生殖研究の分野で非常に注目されているペプチドである。成長した雌においては卵巣由来のエストロゲンによるフィードバック機構によってGnRH分泌が調節されている。このフィードバック機構は視床下部によって調節されているが、視床下部のGnRH分泌細胞はエストロゲン受容体を持たない。そのためこのフィードバック機構を仲介する神経細胞の存在が想定され、弓状核と前腹側周囲核のキスペプチン神経がそれを担うことが発見された。
面白いことに、このフィードバック機構に対してそれぞれ弓状核のキスペプチン神経細胞は負のフィードバック機構として、前腹側周囲核のキスペプチン神経は正のフィードバック機構として関与する。

さて、論文に話題を戻す。
著者らはキスペプチン神経に発現するERαを特異的にKnock Outしたマウス(KERKO)を作り、性成熟に関わる指標を調べていった。KERKOでは膣口が開くのが早くなったものの、その後の性成熟が止まってしまい(卵細胞の消失)、性周期が正常の周期で回らなくなった。この時、弓状核と前腹側周囲核のキスペプチンやその遺伝子Kiss1の発現が乱れていることも確認したことから、弓状核と前腹側周囲核でのキスペプチン神経細胞内ERαが思春期の到来と進行を調節していることが示唆された。


******************************************
 PNASに載った論文である。ストーリーを裏付ける結果はやや明瞭性を欠いているものの、
ストーリー自体は面白かった。
 近年、思春期の調節に対するエピジェネティクスの関与も示唆されており、今後ますます盛り上がりを見せる分野だと予想される。

*************************
Photos:
Sapporo Clock Tower, Hokkaido, Japan
Ice candles (made by bank staff), Sapporo, Hokkaido, Japan

本稿の原題は「思春期の到来と進行:キスペプチン神経内エストロゲン受容体αの役割」です。

0 件のコメント:

コメントを投稿