2012年11月12日月曜日

iPS細胞 ノーベル賞  

2012年のノーベル医学生理学賞は、山中伸弥先生。おめでとうございます。
この頃ノーベル賞も日本人がもらうことが珍しくはなくなっていたので気づかなかったが、医学生理学部門は1987年の利根川進先生に次いでなので、もう25年ぶりなのね。

1987年は私はまだ中学生で、高校生になって、立花隆と利根川先生の対談「精神と物質」を読んでその中身を理解できたことを思い出すなぁ…。

ノーベル賞対象論文は、マウスの細胞を用いて多能性幹細胞を誘導できた論文。
こちらから→Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors.
人を対象にしたものではなく、こういう基礎的研究が対象とされたことを評価したいという論評もあるが、やはりヒトで同様に誘導できたからこその受賞だとは思う。


さて、そもそもiPSが何ぞや、とか、どこまで研究が進んでいるのかについては、例えば一般向けでは下記のリンクをたどるとわかりやすいと思う。

人工多能性幹細胞_Wikipedia

とても簡単にはこちらを→iPS細胞_学研サイエンスキッズ

専門的内容がわかる方にはこのreviewはいかが?

Progress toward the clinical application of patient-specific pluripotent stem cells.

2010年のreviewですが、iPS登場に至るまでの歴史的経緯から、登場後3年の急速な進歩まで分かりやすくコンパクトにまとまっている。

上記リンクを含めて様々なところでiPS細胞が何かは易しく解説されていると思うが、ここでも、ほんの少しだけ。


iPS細胞は、皮膚から採取した線維芽細胞という、体細胞に4つの遺伝子を導入することで多能性を再獲得した細胞である。

ここで、ポイントは、「体細胞」であること、「多能性を再獲得」したことである。

「体細胞」であることは、ES細胞との大きな相違点である。
ES細胞は、受精卵から少し成長した段階(胚盤胞)の細胞を取り出して確立する。樹立した細胞は、多能性を保持しているため、理論上あらゆる臓器に分化・誘導が可能である。

が、倫理的問題点は、受精卵を使うことで、ES細胞を作成することは、1個体に成長する可能性を摘んでしまうことに他ならない。

ちなみに、1996年の大ニュースは、クローン羊ドリーの誕生だった。
ドリーは、体細胞クローンである。
乳腺の細胞から核を取り出し、核を除いた羊の未受精卵に移植し、それを羊の子宮で育てることに成功した。これを生んだエディンバラ大学のウイルマット教授もノーベル賞受賞して良いとは思うのですけどねぇ…。

このことは、体細胞の核が、未受精卵の中という環境下では再び個体にまで成長するだけの性質を保持し続けていることを哺乳類でも立証したことになる。
そのこと自体はカエルで既に立証されており、その研究でノーベル賞を山中教授と同時受賞したのが、ジョン・ガードン教授。
        (ところで、ガードン教授は高校時代に教師に酷評されている。その文面はこちら)

乳腺細胞は、体細胞なので、ドリーという哺乳類での成功は移植医療への大きな期待につながったが、ここでも未受精卵を使う必要があり、やはり倫理的な問題点はクリアすることができない。
さらに、ドリーは、子供も作ることができ、クローンであっても生殖が可能であることを示すなど大きな成果をあげたが、短命に終わり、体細胞クローン技術への懸念が高まった。

クローン羊『ドリー』の早すぎる死で、さらに高まるクローン技術への懸念

そんなわけで、生殖細胞を必要としない、身体を構成する普通の体細胞から多能性を持つ万能細胞ができることが待ち望まれていたわけである。

「多能性の最獲得」という点では、山中教授のグループは、わずか4つの遺伝子を対象とした細胞のゲノムに導入することで成功した。それは、tran-scription factors octamer 3/4 (Oct4), SRY box–containing gene 2 (Sox2), Kruppel-like factor 4 (Klf4), c-mycの4つだが、この中でKlf4というのは研究者にとって意外だったものらしい。山中研究室で独自に注目したものだが、今回の研究を成功させた高橋さんはKlf4の仕事をしていた別の研究者に遠慮して当初は考慮外だったというから面白い。いずれにしても、これらは転写因子という、DNAの転写を制御する遺伝子群である。


さて、体細胞から多能性幹細胞を作り出す魔法のようなこの技術だが、待ち望まれる臨床応用が現時点で無い(臨床試験がこれから始まる)のは、もちろん各臓器に分化させる技術がまだ発展途上ということもあるが、その他にも幾つかのクリアすべき課題が残っているから。
それは、1)腫瘍形成のリスク、2)効率性(コスト)

1)腫瘍形成のリスク
これに関しては、ES細胞にも言えるのだが、そもそも細胞の全能性を証明するのには、その細胞群をマウスなど生体に移植した時に奇形腫という腫瘍形成がされることが必須であることからわかるように、多能性と腫瘍形成というのはトレードオフ関係にある。
 奇形腫というのは面白い腫瘍でその中に生体内のほとんどの臓器細胞が見られる。
 「ブラック・ジャック」のピノコちゃんは奇形腫から生まれた子供ですね。
 また、腫瘍形成=がん(悪性腫瘍)化ではない。

さらにそもそもiPS細胞に導入する遺伝子群は、DNAからタンパク質生成を誘導する転写因子群であり、とりわけその中のmycはがん関連遺伝子であり、そのゲノムへの導入というのはリスクが高い。そこで、それを回避するための様々なアイディア(例えば使う遺伝子群からmycを取り除いたり、遺伝子導入ではなくその産物であるタンパク質導入を行う)が考案され、試されている。

2)効率性
iPS細胞は体細胞に転写因子を導入して作成されるが、効率は必ずしも良くはない。
前述のreviewにまとめられているが、転写因子を導入する細胞にも依存している面があるものの、その細胞がiPS 細胞に転換される効率はマウスでも人でも、多くの報告で1%未満である。

目的の臓器細胞への変換を考えた時には、沢山ある元の細胞の中からわずかにしか発生しなかったiPS細胞を正確に抽出し、さらにそこに適切な細胞分化のための作業をし、おそらくそれでも比率は少ないであろう目的臓器の幹細胞ないし前駆細胞などをさらに選択し、移植可能な状態にまで成長させる必要がある。

実際のところ、臨床応用を考えた場合は効率性はとても重要で、コストに直結する。理論的・技術的には可能な技術も、1患者あたり1億円もかかってしまえば不可能と同じこと。
 ある研究者に聞いたら、1人からiPS樹立には最低100万かかるとのこと。維持経費やその後の費用を考えると私のもらっているお金ではとても手を出せないぞ…。ただし、iPS細胞そのものを使った研究は、京大経由で入手可能。

ただし、幸いなことに、様々な時点での効率性は高まっている。少なくても有望な研究成果は積み重なってきている。

山中研からは転写因子Glis1

昨年の成果だが、転写因子zinc fingerの1種、Glis1をmyc以外の3遺伝子と組み合わせることで高効率にiPS細胞を樹立可能だという。

Direct reprogramming of somatic cells is promoted by maternal transcription factor Glis1.

まだ他の研究機関からの追試は無いのかな…。

さて、臨床応用がまだされていないのにノーベル賞に選ばれたiPS細胞への変換技術だが、このほどようやく臨床試験が始まることになった。目を選んだのは、分化技術が確立しており、外からいつでも様子が伺えてがん化の兆しがあっても発見しやすいことにある。世界最初の臨床応用であり、成功すればインパクトの大きさは計り知れないだろう。期待したい。

iPS細胞研究については文科省のiPS Trend
同サイトより、臨床治験を主導する高橋政代氏へのインタビュー。
iPS細胞を利用した臨床応用のトップバッターを目指す


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