2013年5月30日木曜日

会話のリズムが合う相手とは脳波も同調する

Inter-brain synchronization duringcoordination of speech rhythm in human-to-human social interaction
Kawasaki M, Yamada Y, Ushiku Y, Miyauchi E, Yamaguchi Y
Scientific Reports 2013; 3: 1692

-コミュニケーション時の2者の脳波を同時に計測し解析する手法を確立-

上のように、論文を報告した理研からプレスリリースとしても発表されたので、あえて詳細に解説する必要はないかもしれない。

ここでは簡潔に紹介する。

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「仲が良い人とは行動のリズムが合う」というように、行動のリズムが同調することと、相手を近しい存在に認識することに関係があることが知られている。
これを逆に利用して、仲良くなりたい相手の動作を真似て見せることで、親近感を抱かせるというテクニックもある。

これまでの研究で、動作的な同調が、脳波リズムの同調を伴うことが示されてきた。
それなら会話にもそれが当てはまるのでは?と考えられるが、安直に会話をタスク化するのには課題があった。
というのも、会話には動作的リズム(スピードやタイミング)以外にも、意味や文脈といった要素があるために、そのいずれが脳波の同調を招くのかはっきりしていないのである。

本研究では、会話から意味や文脈の成分を除外した「実験的な会話」として、交互発話課題を開発した点で新規性を主張している。

2013年2月16日土曜日

ヒトの脳を非侵襲的に刺激できる?





ヒトの脳に対する非侵襲的な刺激法の1つに、経頭蓋直流刺激Transcranial direct current stimulation (tDCS)法がある。
これは、頭に弱い直流電流(1-2 mA)を通すことで、神経細胞(グリア細胞?)の活動を修飾することが可能と考えられている。その作用機序には不明な点が多いが、今のところ「刺激部位にある細胞の静止膜電位を変動させる作用(閾値下)がある」と言われている。

近年、この刺激法を用いた研究をよく目にする。そこで、具体的にどのようなことに応用が可能か、また、限界は何かといった点について気になったので、いくつか論文を探してみた。


2013年2月15日金曜日

サイコパスの脳




Reduced prefrontal connectivity in psychopathy
Motzkin JC, Newman JP, Kiehl KA, Koenigs M
J Neurosci. 2011; 31(48):17348-57

私たちは日頃何が好きだとか嫌いだとか、色々な感情を持って生活していて、それがあたりまえだと思っている。しかし世の中には感情が乏しく、他者への共感や罪悪感を感じにくい人々がいる。
サイコパス(精神病質者)と呼ばれる人たちである。

サイコパスは他者を思いやることがなく、平気で嘘をつき、責任感がないなどと言われている。衝動的で、犯罪歴がある人が多いのも特徴の1つ。成人の囚人のうち1/4はサイコパスであるという説もあるようだ。

その一方で、口が達者で表面的には魅力的に見えるともいわれる。適応したサイコパスは、表面的には普通の情動をもっているかのように振る舞う術を身につけていて、一見その人がサイコパスだとは分からない。

なにやら怖い、という印象を受けただろうか。

今回紹介する論文は、そんなサイコパスと呼ばれる人の脳を非サイコパス者(ここでは便宜上、健常者と呼ぶ)と比較し、脳内のコネクションが弱いことを報告したもの。


2013年2月14日木曜日

思春期を制御する「キス」

Timing and completion of puberty in female mice depend on estrogen receptor alpha-signaling in kisspeptin neurons.

Mayer C, Acosta-Martinez M, Dubois SL, Wolfe A, Radovick S, Boehm U, Levine JE.


Proc Natl Acad Sci U S A. 2010 Dec 28;107(52):22693-8.
doi: 10.1073/pnas.1012406108.

今回は思春期に関する論文を紹介します。

 思春期といえば、何となくむしゃくしゃしたり、急に異性を意識するようになったりと、心が大きく変化する不思議な時期。いくつかの精神疾患ではこの時期を境に有病率が増加することが知られている。大人への階段などと形容されたりもし、一般的な認知度はかなり高いものの、知られていないことは多い。例えばどの様にして思春期は始まり、進行していくのだろうか?



2013年1月29日火曜日

うつ病の認知行動療法~イギリスに学ぶ~

Cognitive behavioural therapy as an adjunct to pharmacotherapy for primary care based patients with treatment resistant depression: results of the CoBalT randomised controlled trial.
Wiles N, et al.  Lancet 2012 Dec 6. pii: S0140-6736(12)61552-9.

過去20年間のうつ病治療は、第一選択が薬物療法であるが、十分に効果がみられるのは3人に1人で、効果を示さない患者に対しては薬の種類や量を変更するなどされるのみで、標準的な代替療法に関するエビデンスは少ない。

本研究は、通常の薬物療法に認知行動療法(Cognitive Behavioural Therapy:以下CBT)を併用した場合と通常の薬物療法のみを行った場合とを比較し、CBTが薬物療法の補助的療法となりうるか、その効果を検証しようという試みである。

2013年1月28日月曜日

アミロイドは周りの神経伝達を歪めるようです

Orchestrated experience-driven Arc responses are disrupted in a mouse model of Alzheimer's disease. Rudinsky N, et al. Nat Neurosci. 2012 Oct;15(10):1422-9. doi: 10.1038/nn.3199.

マウス脳内にできた老人斑
今回の論文は、アルツハイマー病患者の脳に沈着する、アミロイドβ42(以下Ab42)周囲では、神経伝達がオカシクなっているという内容。

アルツハイマー病に関しては、以前も取り上げました。参考に。

さて、本論文で用意したのは、2つのトランスジェニックマウスをかけ合わせたマウス。1つはAb42を脳内に発現するように作ったマウスで、APP/S1と呼ばれる。これは、ヒトのAb42の元となる、変異型のAmyloid precursor protein(APP)遺伝子と、APPからAb42を切り出すPresenilin1(PS1) の変異型遺伝子を導入したマウスで、脳内にAb42を高発現し、老人斑を形成する。
 

    Accelerated amyloid deposition in the brains of transgenic mice coexpressing 

    mutant presenilin 1 and amyloid precursor proteins.


  ちなみにマウスは年をとっても自然にはAb42の沈着が起きない。従って、研究のためには
  脳内に沈着する、変異型のApp遺伝子を導入する必要がある。
  そんな風に作ったアルツハイマー病モデルマウスというのはいくつか種類があり、私もそれ
  を使って研究していた時期がある。写真は、その時に撮ったマウス脳内にできたAb42の
  免疫染色写真(未発表)。まぁ研究はポシャったんですけどね…利用したマウスは身体が弱い
  くせに1年以上飼わないとAb42が顕在化してこないので大変でした(1人ではしたくない…)。
  ↓こちらも参考に

もう1つの系統は、Arcという最初期遺伝子の発現をYFP(yellow fluorescent protein, Venus)という蛍光蛋白質で光るようにしたもの。Arcは神経細胞のシナプス後タンパクの1つで、グルタミン酸受容体AMPA受容体と協調し、記憶学習に関わる。このマウスでは、何か刺激があると、Arcが発現されてくるが、それをYFPの光で確認できるというわけだ。

   ちなみにYFPに似たものとして、ノーベル賞を獲った下村脩さんのGFP(green fluorescent
   protein)。


さて、老人斑周囲ではAb42が高濃度に存在し、神経細胞活動が通常と異なっていることが知られているが、実をいうとそれがArcの発現(ひいては神経細胞活動)の多寡とどのように結びついているかは研究によって差があった。

本論文では、この2系統のマウスを組み合わせることにより、Ab42が蓄積している周りでのArcの発現を視覚野で見ている。
論文より。Figure 1 を改変
左の図は、視覚野でのArcの発現を見たもの。上段左側が、マウスを暗黒下に置いた状態。その状態に60時間、次に光刺激を1時間、さらに6時間暗黒下に置いてから見ている。
下段、光っているのがArc。YFPのおかげで光って見えている。




これにより、わかったのは、老人斑周囲では、Arcの反応性に歪みが生じており、視覚刺激後の反応性が異常に高まっているニューロンがある一方で、反応しないニューロンも多くなっており、全体的には老人斑に近いほどArc反応ニューロンの割合は少なくなっていること。

さらに、本論文では、上記視覚刺激条件を2回繰り返すことで、刺激1で反応したニューロンが、刺激2でどう反応したか?という反応の縦断的変化も見ているのだが、老人斑周囲のニューロンでは刺激2で反応しないニューロンが多い。

結論としては、刺激に対するArc反応性が老人斑周囲では変化しており、ニューロン同士の情報ネットワークの統合に問題が生じていることが示唆された。

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2種類のトランスジェニックマウスを掛け合わせることで、刺激に対する変性ニューロンの反応を見た、技術的にも面白い論文。老人斑周囲でのまだらな反応をみると、これまでの研究結果が矛盾していたのも成る程と思わせる。
アルツハイマー型認知症老人と接していると、決して全ての脳機能が一様に減じているのではなく、とてもシャープな部分がちぐはくに残っていることを実感することがあるが、ミクロレベルではこういうことが起きているのかと少しばかり納得した。

2012年12月4日火曜日

強迫性障害を脳から診断できるか

Weygandt M, Blecker CR, Schafer A, Hackmack K, Haynes JD, Vaitl D, Stark R, Schienle A.
NeuroImage 60 (2012) 1186-1193.
本研究はfMRIを用いて、精神疾患を客観診断してみようとするグループの一連の研究の一つである。

精神疾患全般に言えることであるが、疾患概念や診断基準こそあれど、診断するのが精神科医の主観的な"見立て"に準じるために、診断における客観性を渇望し続けてきた。
これを目指して、血液検査、髄液検査、電気生理学検査、行動研究、脳画像研究など、世界中で多くのアプローチがなされているところである。

強迫性障害は精神疾患の一種で、強迫行為と強迫観念で特徴付けられる。
強迫行為とは、不安や不快感を打ち消すための行為で、不合理であることが本人にも判っているのにやめられないものである。
過剰なまでの洗浄行為、確認行為(施錠、火元など)を呈する。
また、強迫観念は、同じく不合理で、不快・不安を惹起するような思考が本人の意志とは無関係に浮かぶものである。
これには加害恐怖、自殺恐怖などがある。