2013年1月28日月曜日

アミロイドは周りの神経伝達を歪めるようです

Orchestrated experience-driven Arc responses are disrupted in a mouse model of Alzheimer's disease. Rudinsky N, et al. Nat Neurosci. 2012 Oct;15(10):1422-9. doi: 10.1038/nn.3199.

マウス脳内にできた老人斑
今回の論文は、アルツハイマー病患者の脳に沈着する、アミロイドβ42(以下Ab42)周囲では、神経伝達がオカシクなっているという内容。

アルツハイマー病に関しては、以前も取り上げました。参考に。

さて、本論文で用意したのは、2つのトランスジェニックマウスをかけ合わせたマウス。1つはAb42を脳内に発現するように作ったマウスで、APP/S1と呼ばれる。これは、ヒトのAb42の元となる、変異型のAmyloid precursor protein(APP)遺伝子と、APPからAb42を切り出すPresenilin1(PS1) の変異型遺伝子を導入したマウスで、脳内にAb42を高発現し、老人斑を形成する。
 

    Accelerated amyloid deposition in the brains of transgenic mice coexpressing 

    mutant presenilin 1 and amyloid precursor proteins.


  ちなみにマウスは年をとっても自然にはAb42の沈着が起きない。従って、研究のためには
  脳内に沈着する、変異型のApp遺伝子を導入する必要がある。
  そんな風に作ったアルツハイマー病モデルマウスというのはいくつか種類があり、私もそれ
  を使って研究していた時期がある。写真は、その時に撮ったマウス脳内にできたAb42の
  免疫染色写真(未発表)。まぁ研究はポシャったんですけどね…利用したマウスは身体が弱い
  くせに1年以上飼わないとAb42が顕在化してこないので大変でした(1人ではしたくない…)。
  ↓こちらも参考に

もう1つの系統は、Arcという最初期遺伝子の発現をYFP(yellow fluorescent protein, Venus)という蛍光蛋白質で光るようにしたもの。Arcは神経細胞のシナプス後タンパクの1つで、グルタミン酸受容体AMPA受容体と協調し、記憶学習に関わる。このマウスでは、何か刺激があると、Arcが発現されてくるが、それをYFPの光で確認できるというわけだ。

   ちなみにYFPに似たものとして、ノーベル賞を獲った下村脩さんのGFP(green fluorescent
   protein)。


さて、老人斑周囲ではAb42が高濃度に存在し、神経細胞活動が通常と異なっていることが知られているが、実をいうとそれがArcの発現(ひいては神経細胞活動)の多寡とどのように結びついているかは研究によって差があった。

本論文では、この2系統のマウスを組み合わせることにより、Ab42が蓄積している周りでのArcの発現を視覚野で見ている。
論文より。Figure 1 を改変
左の図は、視覚野でのArcの発現を見たもの。上段左側が、マウスを暗黒下に置いた状態。その状態に60時間、次に光刺激を1時間、さらに6時間暗黒下に置いてから見ている。
下段、光っているのがArc。YFPのおかげで光って見えている。




これにより、わかったのは、老人斑周囲では、Arcの反応性に歪みが生じており、視覚刺激後の反応性が異常に高まっているニューロンがある一方で、反応しないニューロンも多くなっており、全体的には老人斑に近いほどArc反応ニューロンの割合は少なくなっていること。

さらに、本論文では、上記視覚刺激条件を2回繰り返すことで、刺激1で反応したニューロンが、刺激2でどう反応したか?という反応の縦断的変化も見ているのだが、老人斑周囲のニューロンでは刺激2で反応しないニューロンが多い。

結論としては、刺激に対するArc反応性が老人斑周囲では変化しており、ニューロン同士の情報ネットワークの統合に問題が生じていることが示唆された。

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2種類のトランスジェニックマウスを掛け合わせることで、刺激に対する変性ニューロンの反応を見た、技術的にも面白い論文。老人斑周囲でのまだらな反応をみると、これまでの研究結果が矛盾していたのも成る程と思わせる。
アルツハイマー型認知症老人と接していると、決して全ての脳機能が一様に減じているのではなく、とてもシャープな部分がちぐはくに残っていることを実感することがあるが、ミクロレベルではこういうことが起きているのかと少しばかり納得した。

2012年12月4日火曜日

強迫性障害を脳から診断できるか

Weygandt M, Blecker CR, Schafer A, Hackmack K, Haynes JD, Vaitl D, Stark R, Schienle A.
NeuroImage 60 (2012) 1186-1193.
本研究はfMRIを用いて、精神疾患を客観診断してみようとするグループの一連の研究の一つである。

精神疾患全般に言えることであるが、疾患概念や診断基準こそあれど、診断するのが精神科医の主観的な"見立て"に準じるために、診断における客観性を渇望し続けてきた。
これを目指して、血液検査、髄液検査、電気生理学検査、行動研究、脳画像研究など、世界中で多くのアプローチがなされているところである。

強迫性障害は精神疾患の一種で、強迫行為と強迫観念で特徴付けられる。
強迫行為とは、不安や不快感を打ち消すための行為で、不合理であることが本人にも判っているのにやめられないものである。
過剰なまでの洗浄行為、確認行為(施錠、火元など)を呈する。
また、強迫観念は、同じく不合理で、不快・不安を惹起するような思考が本人の意志とは無関係に浮かぶものである。
これには加害恐怖、自殺恐怖などがある。

2012年12月3日月曜日

Neuroscience2012 学会レビュー 2

(本稿は続編なので、経緯は「Neuroscience2012 学会レビュー 1」を参照されたい)

OASISにて"sex differences"もしくは"gender differences"をキーワードに検索した結果を右図に示す。

なお、両者とも日本語では「性差」だが、sex differencesは生物学的な性差を指し、gender differencesは社会的な性差を指す。(参考)



性差に関する発表数はここ3年間でほぼ横ばいである。

2011年からの新たな徴候として、nanosymposiumに性差や雌をテーマにした発表がされるようになった。

2012年でも2011年とほぼ同数の発表がnanosymposiumで行われ、両年共にストレスに関する発表が多かった。

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2012年11月16日金曜日

Neuroscience2012 学会レビュー 1

いつもの研究室抄読会。
学会に出席した後は、そこで得た情報を研究室内で共有すべく、各自の興味のある発表について、簡単なレビューを行うようにしている。

今回は、2012年10月にアメリカ・ニューオリンズで開催された、世界最大の神経科学系学術集会、Neuroscience2012のレビュー。

学会には論文化前の情報も多いので、内容のレビューはせず、各分野のレビューに留める。

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fMRI、NIRS
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過去4年分のfMRIとNIRS関連の演題数を調べた。
この2つの技術は、脳血流動態を利用した脳機能画像研究という共通点があり、弊研究室でも使っている。
fMRIはおおむね横這い。
NIRSはその1/20ほどの演題数で、さらに減少傾向であった。

2012年11月12日月曜日

iPS細胞 ノーベル賞  

2012年のノーベル医学生理学賞は、山中伸弥先生。おめでとうございます。
この頃ノーベル賞も日本人がもらうことが珍しくはなくなっていたので気づかなかったが、医学生理学部門は1987年の利根川進先生に次いでなので、もう25年ぶりなのね。

1987年は私はまだ中学生で、高校生になって、立花隆と利根川先生の対談「精神と物質」を読んでその中身を理解できたことを思い出すなぁ…。

ノーベル賞対象論文は、マウスの細胞を用いて多能性幹細胞を誘導できた論文。
こちらから→Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors.
人を対象にしたものではなく、こういう基礎的研究が対象とされたことを評価したいという論評もあるが、やはりヒトで同様に誘導できたからこその受賞だとは思う。

2012年11月6日火曜日

Neuroscience2012(SfN) 学会参加の旅行記 5

ニューオリンズ最終日。

早朝、というか深夜というべき時間にホテルを出てタクシーで空港へ。
空港へ向かう場合も、逆と同じくタクシー料金は定額で、降りるときに人数分を払った。

大統領選を控え、オバマとロムニーの論戦が各州をめぐって行われている頃だったので、車中では7年前にアフリカから来たというタクシーの運転手が「昨日のオバマの討論を見たかい?彼はやっぱりやるなあ。あれこそアメリカの政治だよな」などと雑談するのを聞かされた。
おかげでアメリカでは政治に対する庶民の関心が強いという印象を受けた。

2012年11月4日日曜日

Neuroscience2012(SfN) 学会参加の旅行記 4

ニューオリンズへは学会のために行ったのであって観光に行ったわけではない。あくまで学会場を拠点にうろうろしているだけである。会場の冷房で身体が冷えるのでやむを得ず外出するのである。

朝いちばんにポスターを貼り出した日は、会場のフードコートでブランチを摂った。
Cajun sausage rollというチリビーンズの乗ったホットドッグや、激甘マフィン、野菜のような果物を食べた。

毎日夕方に学会から帰ったら、夕飯前にネットや旅行誌で今日の気分に合う店をチェックするのが日課であった。
この日はピザ気分で一致した。配達ピザを頼んでみたいとも思ったが、ホテルの近くに良さそうなイタリアンの店があったので歩いていくことにした。

the Roosevelt Hotelに入っているDomenicaというイタリアンへ。アメリカ(厚いパイのようなピザ)なのに、イタリアンらしく薄くて香ばしい窯焼きピザが美味しい。パスタはちょっと良くなかったのが残念。